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神戸地方裁判所 昭和60年(レ)105号 判決

控訴人(再審原告)

稲田輝雄

右訴訟代理人弁護士

駒杵素之

被控訴人(再審被告)

株式会社大信販

右代表者代表取締役

平野一雄

右訴訟代理人弁護士

西出紀彦

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求める判決

一  控訴人

1  原判決を取消す。

2  控訴人と被控訴人との間の西宮簡易裁判所昭和五七年(ロ)第七三〇号支払命令申立事件につき、同裁判所が同年七月六日になし、同月二八日に仮執行宣言を付与した支払命令を取消す。

3  被控訴人の請求を棄却する。

4  訴訟費用は、督促手続、再審訴訟手続を通じ、全て被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨

第二  当事者の主張

一  控訴人(請求の原因)

1  被控訴人を債権者、控訴人を債務者とする西宮簡易裁判所昭和五七年(ロ)第七三〇号支払命令申立事件につき、同裁判所は同年七月六日に支払命令を発付し、さらに同月二八日これに仮執行宣言を付与し、いずれもそのころ控訴人宛に右各支払命令正本の送達手続が行なわれた結果、右仮執行宣言付支払命令は、同年八月末ころ確定したとされている。

2  しかしながら、右各送達書類は、いずれも当時控訴人と同居していた内妻稲田悦子こと唐津悦子(以下「悦子」という。)が受領したものであるところ、右悦子は、控訴人の名義を冒用し、控訴人を連帯保証人として物品を購入したものであり、右保証債務につき本件の支払命令が申立てられたのであるから、控訴人と悦子とは本件支払命令申立事件につき利益相反関係にあつたものである。このような場合、双方代理を禁じている法の精神からいつても、悦子には前記各送達書類に関する民事法一七一条(補充送達)所定の送達受領権限が否定されるべきである。

右送達受領権限は法定代理権の一種であるから、本件の仮執行宣言付支払命令には、民訴法四二〇条一項三号の再審事由がある。

3  控訴人は、その後右仮執行宣言付支払命令により控訴人の給料債権が差押えられるに及んで、はじめて右支払命令の存在を知るに至つた。

4  よつて、第一、一、2ないし4記載の判決を求めるため、本件再審請求に及んだものである。

二  被控訴人(請求原因に対する認否)

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の主張は争う。

本件の支払命令正本は、昭和五七年七月七日、当時の控訴人の住所において、同居の内妻悦子がこれを受領し、仮執行宣言付支払命令正本は、同年八月一〇日控訴人本人が西宮東郵便局窓口に出頭してこれを受領し、いずれも有効に送達されたものである。

3  同3は否認する。

4  被控訴人の主張。

仮に、前記各書類の送達手続に瑕疵があつたとしても、それは代理権の欠缺とは異なるのであつて、民訴法四二〇条一項三号に該当しない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1(本件仮執行宣言付支払命令の発付及び確定の経過)の事実は、当事者間に争いがない。

二〈証拠〉によれば、控訴人と悦子とは、昭和五〇年ころから内縁関係にあり、昭和五八年五月初めころまで西宮市津門西口町七三―七において同居していたこと、控訴人に対する本件支払命令正本は、昭和五七年七月六日頃、郵便送達の方法で発送され、同月七日郵便集配人が右住所に持参したが、控訴人が不在であつたので、悦子においてこれを受領したこと、同じく本件仮執行宣言付支払命令正本は、同月末ころ郵便送達の方法で発送されたが、家人不在のため西宮東郵便局において保管されていたところ、同年八月一〇日、悦子において同郵便局に出頭し、これを受領したことが認められ、右認定に反する〈証拠〉の記載は必ずしも信用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

三右認定のとおり、本件の支払命令及び仮執行宣言付支払命令の各正本は、民訴法一七一条一項所定のいわゆる「補充送達」の方法により送達手続がなされたことが明らかである。

ところで控訴人は、本件仮執行宣言付支払命令の再審事由として、右送達手続に瑕疵(代理権の欠缺)があつた旨、次のとおり主張する。

すなわち、悦子は控訴人の名義を冒用し、控訴人を連帯保証人として物品を購入し、右保証債務につき支払命令が申立てられたのであるから、控訴人と悦子とは本件支払命令申立事件につき利益相反関係にあつたものであり、このような場合、悦子には補充送達における送達受領権限が否定されるべきであるというのである。

そこで、右主張の当否につき検討する。

民訴法一七一条一項は、送達名宛人の住所その他一定の場所において送達がなされる場合において、送達名宛人に出会わなかつたときは、事理弁識能力を有する事務員、雇人、同居者に書類を交付することができる旨を定めている。

右規定上、事務員、雇人、同居者には、事理弁識能力を要求されている以外に、何らの制限もないけれども、それらの者が送達名宛人にとつて訴訟の相手方である場合には、双方代理が禁止されている法の趣旨に鑑み、送達受領権限が否定されると解すべきであり、このような解釈は一般的にも認められているところである。

しかしながら、右の場合と異なり、事務員、雇人、同居者が、送達された事件について事実上の利害関係を有しているにとどまる場合には、その利害が送達名宛人の利害と対立するような場合であつても、その送達受領権限は否定されないものと解するのが相当である。

けだし、送達受領権限の有無は、送達の有効、無効と直接結びつくものであるから、当該送達手続に関し、送達受領者が受送達者にとつて訴訟の相手方である場合など双方代理の関係にあることが行為者の外形からみて客観的、明瞭に判定できるものでなければならない。しかるに、前記の「事実上の利害関係」といつた、受領行為者の動機や目的についての事情は、当該送達を行う裁判所その他送達機関にとつて外形からみて明らかになつていることは全くないであろうから、そのような存否の明らかでない事情の有無によつて送達の効力が左右されるときは、手続の安定を著しく欠く結果となつて、妥当ではないゆえにである。

そうすると、前記控訴人の主張する事情が仮に存在していたとすれば、すなわち、悦子が、控訴人の名義を冒用し、控訴人を連帯保証人として物品を購入したものであるとすれば、悦子がその冒用事実の発覚を恐れ、本件支払命令正本の送達を控訴人に秘匿するおそれのあることも考えられるところであるが、補充送達の場合には、現実に送達名宛人に書類が渡されているかどうかを問わないものであるから、悦子において、右書類を秘匿するおそれがあるとの受送達者の主観的事情をもつて、同女の送達受領権限を否定することはできないし、そもそも、悦子が自己の債務のため控訴人を連帯保証人としたという事実は、悦子が控訴人から右連帯保証をすることの代理権を授与されていたかどうかの事実問題に属し、悦子の右行為をした経緯がどうであれ、右事実関係の外形上、本件支払命令申立事件においては、控訴人と悦子との両者の利害が相対立し、送達の点で双方代理が生じるというような関係に立つものではなく、また、右両者成人間の代理行為につき親権者と子との利益相反行為に関する民法八二六条を準用する余地もないのであるから、控訴人主張のような事実上の利害関係(要するに、控訴人が悦子に対し、連帯保証の代理権を授与していないとの事実)をもつて、本件支払命令正本等送達当時、控訴人と同居し、内縁関係のあつた悦子の補充送達における送達受領権限を否定することができず、右書類の送達は、いずれも有効というべきである。

もつとも、悦子が現実に本件の送達書類を控訴人に手渡さないままに、故意に破棄あるいは隠匿していたとすれば、控訴人には本件各支払命令に対し、異議申立をする機会が奪われていたことになるけれども、そのような場合、控訴人は、悦子において刑事事件の有罪判決が確定するか、証拠欠缺以外の理由により有罪の確定判決を得ることができないことが確定するのを待つて、民訴法四二〇条一項五号の再審事由を主張して再審請求をすることができる(最高裁昭和四七年四月二八日判決、判例タイムズ二七七号一四二頁参照)し、それのみならず、責に帰すべからざる事由により異議申立期間を遵守することができなかつたものとして、異議申立の追完(民訴法一五九条)をする余地もあるのであるから、前判示の如く解釈しても、控訴人の利益を無視するものではない。

以上の次第で、控訴人の主張は、その主張事実の存否を確定するまでもなく、採用できず、結局、本件仮執行宣言付支払命令に、民訴法四二〇条一項三号の再審事由を認めることはできない。

四結論

よつて、控訴人の本件再審請求は、理由がなく、これを棄却した原判決は正当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九五条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官広岡 保 裁判官杉森研二 裁判官倉澤千巌)

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